先の大地震による電力不足で、首都圏を走る電車は各社運転本数を減らした。
しばらくの間、朝のラッシュ時でも通常の8割程度での運行であったが、その間気が付いたことがある。
一番大きなポイントは、ほぼ通常通りの時間に目的の駅に着くということである。
またもうひとつ、車内がこれまでの平時の時よりも混むことがないということだ。
普段は決して時間通りに着かない。その際車内にアナウンスが流れるが、その理由は、
・お客様混雑の影響で遅れが生じています。
・後続列車との間隔が空いているため運転間隔の調整をしています。
混雑する理由は、電車が詰まっていているために駅間で止まる時間が長くなると次の駅で乗車してくる人がより多く溜まり、その多く溜まった人たちが無理やり乗車しようと電車に乗り込むためにドアを閉められず、次に来る電車が遅れる。そして、これが繰り返される。
運行している電車の本数が減っているにもかかわらず、車内が混みあわないというのは少し納得しかねるかもしれないが、これらの話は東京大学教授西成氏の「渋滞学」を思い出し納得することができた。詳しくはその本を読んでいただくことにし、これからの日本社会に必要な考え方が提示されているということを述べたい。
最近は電力消費を抑えるために職場も昼間は電気をすべて落としているが、日が沈むとどうしてもつけざるを得ない。午後にはると部屋の中が暗くなるので大部屋の3列あるライトのうち1列だけ点けることにしているが、点灯した後しばらくは目がくらむほどの明るさである。
つまり、いままでは目がくらむほどの無駄な電力を消費していたいうことである。
電車の話であってもそうだが、「運行本数を多くすれば人を大勢運べる」という安易な考えは間違っていると言いたい。 千代田線の北千住発代々木上原方面の電車は、最も本数の多い8時台には一時間のうちに28本だが、ここまでの本数が本当に必要なのか。
便利さを追求して、大量のエネルギーを消費して、実は大きな無駄を生んでいるというのであっては、今後の未来型社会にふさわしくない。
電車の本数が少々減っても、問題ない。
駅の広告が煌々と輝いている必要は全くない。
この地震を期に、低消費エネルギー社会にシフトしていくのがこれからの我々に求められていることではないか。
まかなえるエネルギーにも限りがある。その限られたエネルギーを大切に使っていかねばならない。
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